海外に拠点を移して15年。
現在はバリ島、日本、タイ・バンコクの3拠点生活を送りながら、海外ビジネスの現場に立ち続けています。

1台のトゥクトゥクから始まった ― カンボジア編 ―

すべての原点は「5ヶ月」で会社を辞めた日だった

私は、大学を卒業して、一度はサラリーマンになりました。

でも、その生活は、わずか5ヶ月で終わりました。

「このままじゃダメだ」

そう思い、脱サラして起業しました。

当時は、当然ですが、お金なんてほとんどありません。

あるのは、時間と体力だけ💪

だから、最初のビジネスのお店は――
自分で作るしかなかった。

大工の経験?ゼロ。
知識も、道具も、ほとんどない。

でも、やるしかなかった。

追い込まれると、人は強くなる。

結果的に、それが
“できるようになる”一番の近道でした。

「金がないから自分でやる」から、「学ぶために自分でやる」へ

23歳で起業した頃は、
「お金がないから自分でやる」しかありませんでした。

でも、その経験が積み重なると、考え方が変わってきます。

その後、タイに移住して1年半ほど経った頃、
現地でお店を出すことになりました。

その時には、日本で何度も自分で店を作ってきた経験がありました。

だから思ったんです。

「せっかくだし、今回も自分で作ろう」

自分で作ると――

✔ 材料の仕入れ値
✔ 業者の相場
✔ 無駄なコスト
✔ 良い業者・悪い業者

すべてが分かる。

これは、何よりの“勉強”でした。

「やってみて、身体で覚える」ことが、人生を強くした

そして、私はカンボジアへ向かいました。

街を歩くだけで、未来を感じた

初めてプノンペンを歩いた日のことは、今でも覚えています。

街を歩いているだけで、

「この街、絶対に伸びる」

そう直感できるほどのエネルギーがありました。

もちろん、悲しい歴史もあります。

それでも、人々の目は輝いていました。

国が成長していく瞬間に立ち会っている感覚。

それが、たまらなく面白かった。

外国人が“いきなり勝負できる国”という異常さ

ここで、私が本当に驚いたことがあります。

それは――

👉 外国人が、いきなり飛び込んでもビジネスができる国だったこと。

実は、これは世界的に見ても、かなり特殊です。

例えば、タイの場合。

外国人がビジネスをするには、

✔ タイ人パートナー:51%
✔ 外国人:49%

という形で会社を作る必要があります。

つまり、経営権は現地側。

ほとんどの国では、これが当たり前です。

海外でビジネスをする場合、
現地パートナーなしでできるケースは、ほぼありません。

でも、当時のカンボジアは違いました。

✔ 外国人単独で開業できる
✔ 個人名義で契約できる
✔ いきなり勝負できる

これが可能だったんです。

正直、これは衝撃でした。

今でも、かなり珍しい環境です。

だからこそ、

「ここはチャンスだ」

と、確信できました。

経験を人に任せるのは、もったいない

トゥクトゥク・バーを始める時も、同じでした。

正直、お金を払って任せることもできました。

でも、私はやりませんでした。

なぜか。

もったいないからです。

お金だけじゃない。

👉 経験を人に任せるのが、もったいない。

自分でやれば、

✔ 材料の仕入れルート
✔ 現地の相場感
✔ 職人との付き合い方
✔ トラブルの対処法

すべてが自分の中に残る。

これは、一生消えない資産になります。

家賃100ドルからの挑戦

私が選んだのは、
トゥクトゥクを使った移動式バーでした。

初期投資は、これだけです。

・中古トゥクトゥク:600ドル
・改造費:300ドル
・牽引用バイク(ホンダ・チャリー):300ドル

夜に閉まる商店の前を、
月100ドル(電気代込み)で借りる。

すべて、最小コスト。

失敗しても、立ち直れる設計でした。

夜になると、街が舞台になる

夜になると、リバーサイドへ。

椅子を並べ、
灯りをつけ、
音楽を流す。

そこに、小さなバーが生まれます。

スタッフ2人と、1台のトゥクトゥク。

ここから、物語が始まりました。

最初から黒字だった理由

ありがたいことに、最初から売上は安定していました。

理由は、とてもシンプルです。

✔ 人件費:1人 月80ドル × 2名
✔ 家賃:100ドル

固定費が、異常に低かった。

だから、負けない。

これは偶然ではなく、最初から考えた戦略でした。

工夫が、人を呼ぶ

もちろん、最初から満席だったわけではありません。

正直、ガラガラの日もありました。

だから、考え続けました。

どんな音楽がいいか。
どんな照明がいいか。
どんな雰囲気が心地いいか。

すべて、自分で試しました。

気づけば、欧米人が集まる店になっていました。

1台から、3台へ

評判が広がり、トゥクトゥクは3台に増えました。

2台目、3台目は、人に任せました。

なぜ任せられたのか。

最初を、自分でやったからです。

分かっている人間は、任せられる。

これは、今も変わらない真理です。

時代と国が変わっても、やることは同じ

振り返ると、私はずっと同じことをしてきました。

23歳の時は、
「金がないから、自分で作った。」

タイでは、
「勉強になるから、自分で作った。」

カンボジアでは、
「経験がもったいないから、自分で作った。」

理由は変わっても、行動は同じ。

👉 まず、自分でやる。

これが、私のスタイルでした。

だから、海外でも通用した

海外ビジネスは、情報戦です。

知らない人は、損をします。
知らないまま任せると、失敗します。

でも私は、

「だいたい分かっている状態」

で勝負できました。

なぜなら、全部一度は自分でやってきたからです。

すべては、1台のトゥクトゥクにつながっていた

カンボジアでトゥクトゥクを改造できたのも、
カフェを作れたのも、
失敗しても立ち直れたのも、

全部、23歳の頃から積み上げた経験でした。

偶然じゃない。

全部、つながっていました。

読んでくれたあなたへ

もし今、

「自分には無理かも」

と思っているなら、思い出してほしい。

私も、同じでした。

特別な才能なんて、なかった。

あったのは、

👉 まず、自分でやってみる勇気

だけです。

また、このブログで私の歩んできた海外での実践物語ちょいちょい掲載していきますね!

トゥクトゥクバーの後は。。。またお楽しみに

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